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マウス生体イメージングマニュアルはこちらです。
編著者: 中野大勢、松田道行(matsudam.michiyuki.2c (atto) kyoto-u.ac.jp)。
第1版 平成13年4月18日
第9版 平成22年12月吉日
(詳細なデータ等は英語版ホームページに入 れるように努力してますのでそちらをご覧ください。)
21世紀生物学の目標の一つがコンピューター上で動くインシリコ細胞の作成にあることは衆目の一致するところでしょう。わたしたちが夢見ているのは、「細胞のがん化過程を再現できるインシリコの細胞の創生」です。それを使えば、もっとも効果的な抗がん剤の標的物質を見つけることができるでしょう。さらには、個人個人の癌細胞が有している変異に応じて、がん化プロセスを再現することもできます。そうれば、個人のがん細胞の特性に応じて、どの分子を標的にした薬剤が必要か、どの薬剤の組み合わせがもっとも有効かということを、コンピューター上で予測できるようになるでしょう。すなわち、個々の癌細胞にもっとも適した治療法を解答してくれるインシリコ細胞を作ること、が私たちの目的なのです。しかし、現在の細胞生物学が有している情報は、細胞のシミュレーションを行うには全く足りません。それは、現代生物学の隆盛を築いた生化学・分子生物学が、「細胞を材料として均一化した後に分子を解析する」という手法に立脚しているために、分子が細胞内のいつでどこ活性化されるか?という時空間情報を得ることができないからです。私達の目的は、この情報伝達の時空間パラメータを得る技術を開発し、それをもとに様々な細胞の働きを分子レベルで解明することです。私たちはまず細胞内情報伝達の主役であるリン酸化反応とグアニンヌクレオチド交換反応が起こる様子の画像化に取り組みました: 名づけてPhosphorylation and guanine-nucleotide exchange monitoring project (PHOGEMONプロジェクト)。このプロジェクトは研究室が東京の国立国際医療センターにある時に開始しましたが、その後、研究室は大阪に移り、さらに平成18年からは任天堂本社のある京都に動くことになりました (いうまでもありませんが、このプロジェクトと世界的に有名なポケモンとは何の関係もありません)。
これまで、わたしたちの興味は細胞の中の情報伝達系の時空間変化でした。最近、情報伝達の組織レベルでの時空間変化に興味がシフトしつつあります。それは、プローブを細胞に安定して発現させる技術が確立したことから、細胞間での情報伝達分子の活性の違いが容易に可視化できるようになったことや、二光子顕微鏡を用いて、組織構築を生きた細胞で観察できるようになったことが影響しています。本文ではわたしたちの作った道具で自分の研究を新しい側面から見てみたいという方や、自分でもプローブを作ってみたいという方のために、わたしたちの研究の内容をご紹介します。なお、技術上の詳細な情報は英語版に書いてありますので、さらに詳しく調べたい方はそちらを参照してください。最後に、われわれのグループは光学やシステムバイオロジーは全くの初心者ばかりですが、いろんなところに首を突っ込んで研究を広げていきたいと思っております。ですから本文には、多々間違いもあると思いますが、遠慮なくご指摘ください。また、2010年度から、新学術研究領域「蛍光生体イメージング」が発足しました。バーチャルイメージングセンターのメンバーとして、日本のイメージングをサポートしたいとおもっています。質問等はそちらに是非どうぞ。
GFP(Green Fluorescent Protein)はオワンクラゲの作る緑色蛍光蛋白として単離され、いまや、細胞生物学にとって無くてはならないツールとなっています。2008年に下村博士らにノーベル賞が授与されたのは当然のことでしょう。最近では、オワンクラゲ以外の動物からも次々に蛍光蛋白が単離され、青から赤まで実に多くの色の蛍光蛋白が使えるようになっていますが、総称としてGFPという単語が愛用されています。XFPという単語をプロポーズしているかたや、単にFPという方もいます。当初は目的とする蛋白のマーカーとして使うだけでしたが、その後、様々な細胞内事象のモニターとしての用途が発見されています。詳細は総説を参照してください(文献1、2)。以下は現在使われている主な用途です。
細胞内局在のマーカー: 既知あるいは未知の蛋白に結合させて、細胞内局在を調べる。
個体レベルでの細胞マーカー: 目的とする細胞のみにGFPを発現させ、その細胞を追いかける。
転写活性のマーカー: 寿命の短いGFPを使って、mRNA量の変化を追いかける。
分子間相互作用のマーカー (FRETの応用): 以下に詳しく述べるが、FRETという現象を利用して、分子間の距離を調べる 。
細胞内pHのレポーター: pH感受性のGFP変異体を利用して、細胞内pHの変化を調べる。
環状変異体(Circular permutation): 構造が不安定なGFP変異体を使って、分子構造の変化を捉える。
分子の細胞内動態を見るマーカー: 光刺激により蛍光を発し始めるGFP変異体を使って、分子動態を捉える。
細胞周期のマーカー: 細胞周期に依存してユビキチン化される蛍光タンパク質を使って、細胞周期分子動態を捉える。
われわれが開発しているプローブ(総称をPHOGEMONといいます)は、原理的には宮脇博士が開発したカルシウムセンサーcameleonに立脚しています(文献6)。cameleonは、緑色蛍光蛋白(GFP)の黄色変異体であるYFPとシアン色変異体であるCFPをごく近傍に置き、CFPを励起すると、そのエネルギーがYFPへ 遷移されYFPの蛍光が観察できるという現象(FRET, Foerster/fluoresecence resonance energy transfer、蛍光共鳴エネルギー移動)を利用しています(図4.1.1)。この時、CFPをドナー、YFPをアクセプターと呼びますが、ドナーとアクセプターの組み合わせはCFP/YFP以外にもたくさんあります。また、GFP変異体はそれぞれに特性が異なるので、FRETの達人になるためには、それらを良く理解する必要があります。我々が使用しているYFPやCFPにも、いろんなversionがあって、目的にあったものを使っています(YFP, CFP)。なおFRETを用いたプローブについてのより詳細な総説は(文献12-17)をごらんください。
さて、このCFPとYFPとがFRETのドナーとアクセプターとなることを利用すれば、2分子の会合状態を生きた細胞でモニターすることができます。図4.2.1で示すように、会合状態を調べたい2分子をそれぞれCFPとYFPの融合蛋白として発現すれば、会合した時にだけFRETを観察することが可能です。また、この2分子を融合させて1分子にすることも可能で、私達の使っているPHOGEMONはこの1分子FRETのシステムを採用しています(図4.2.2)。 また、1分子FRETと2分子FRETの中間ともいうべき、1.5分子FRETシステムもあります(図4.2.2a)。 以下にそれらの得失を簡単に紹介します。
2分子FRETの特徴 (図4.2.1): 2分子FRETの系を構築するのは簡単です。 この図の赤い分子と緑の分子が刺激依存性に結合するとしましょう。まず、この赤と緑の分子をそれぞれCFP(青)とYFP(黄)に融合させて発現させます。すると、赤分子と緑分子がくっつくとFRETが起きてYFPが光るシステムができます。この2分子FRETの系の最大の欠点は、シグナルノイズ比(S/N比)が低い点です。これはCFPの蛍光特性に大きく依存していますが、ほかの蛍光蛋白でも必ず起こる問題です。この問題は次節で詳しく触れます。さらなる問題点として、内在性の情報伝達を活性化してしまったり、逆に生理的情報伝達を阻害してしまったりという欠点が考えられます(図4.2.1b)。
1分子FRETの特徴 (図4.2.2): 2分子FRETの系を一つにくっつけただけのものです。この系は、FRETに参加するCFPの割合が高いのでS/N比が2分子FRETよりも格段にいいのが特徴です。また、内在性の情報伝達を阻害する可能性も低く抑えられます。ここで大事なことは、この図で緑と赤の色で示した部分は、分子間会合をする異なる分子であってもいいし、分子内会合を司る同一分子の二つのドメインであってもよい、ということです。すなわち、後者の場合、このプローブは、ある一つの蛋白の構造変化を捉えているといえます。ここで、「すべての蛋白の機能的変化は、その構造変化を伴う」ということを想起してください。このことに気がつけば、この1分子FRET法は、理論上は「あらゆる蛋白の活性変化を検出できる」ということがいえるでしょう。この系の難点は次の3つに集約されます。@プローブが大きくなるので、プラスミドの作成が面倒である。A大腸菌で作った蛋白は殆ど不溶性になるため、精製標品を使った解析が困難である。BFRETが起きるための空間的配置を試行錯誤で見つけなければならない。特に、この第3の点は難関です。 とはいえ、できてしまえばこっちのもので、ユーザーに徹する方は、このタイプのプローブをもらうのが望ましいでしょう。現在知られているGFPを利用した1分子FRETプローブをまとめました。
1.5分子FRETシステム (図4.2.2a): この系は、1分子FRETに属するものですが、標的分子がプローブ外から来るところに特徴があります(図の緑のボール)。つまり、内在性の緑分子がプローブ内の赤分子に結合するとFRETが減少するシステムです。この系は、GFPがダイマーを作りやすいという蛍光があるのを逆手に取っているようです(確かめた研究はありません)。この系はプローブ作成が楽であるという2分子FRETの系と、S/N比が高いという1分子FRETの系の両方の利点を有しています。ただし、うまくいかなかったときに、改良の余地が少なこと、プローブの濃度が内在性の標的分子より少なくないと、@S/N比があがらない、A内在性のシグナルを止める、という欠点があり、必然的にあまり明るくはできません。
FRET効率の厳密な理解は総説(文献12−17)を参照してください。FRETの定義では、アクセプター存在下でのドナーの蛍光寿命減少の割合をもってFRET効率としています。この蛍光寿命の測定には特殊な検出器が必要ですのであまり一般的ではありません。ですから、ここではCFPとYFPを例にとり、アクセプターの蛍光を指標にした使ったFRETイメージングに徹して話をします (sensitized FRET法とも呼ばれています)。まず433 nmでCFPを励起したときのCFPの蛍光プロフィールを見てください(図4.3.1)。かなり広い波長域の蛍光を発します。ですから、実際のイメージングにおいては、CFPの蛍光強度は480±30 nmのバンドパスフィルターで取り込み(図4.3.2の青い部分)、YFPの蛍光強度は535±25のバンドパスフィルターを使って測定します(図4.3.2の黄色い部分)ので、YFPが全く存在しない場合でも、YFPのチャンネルに光が検出されます(これをbleedthroughといいます)。ですから、YFPチャンネルで蛍光を測定するだけではFRETが起きているかどうか知るすべはありません。そこで、FRETの効率を調べるには通常YFP/CFPの値を使います(このように二つの蛍光強度比を取る測定法をratiometryといいます)。FRETがまったく起きていないときは、YFP/CFP値は約0.2くらいになります。そして、FRETが起きると図のようにCFPの蛍光が減ってYFPの蛍光が現れます(図4.3.3)。この図ではYFP/CFPの蛍光強度比は1前後に変化しています。大切なことは、このプローブのONとOFFはシグナルとして「0」と「1」を与えるわけではないということです。このことがFRETのデータを理解するうえでもっとも肝要な点であり、2分子FRETの系ではS/N比が容易には上がってこない最大の理由です。例をあげて説明しましょう(図4.3.4)。情報伝達分子Aが活性化されてBに結合する系を考えます。このAとBの結合をFRETで検出するために、情報伝達分子AにCFPを、BにYFPを融合させて系を構築します。図の下に書いてある数字は、475 nmおよび530 nmの光がどれくらい検出できるかを、それぞれの状態について、書いてあります。刺激後、すなわちFRETが誘導されたときの数字を赤で書いてあります。顕微鏡では個々の分子を識別せずにこれらの分子を丸ごと捉えますので、刺激前はYFP/CFP=1.4/7=0.2, 刺激後は1.7/6.5=0.26という数字が出てきます。すなわち、この系で1割強の分子が会合したとしても、シグナル(YFP/CFP)のゲインは30%にとどまります。通常、増殖刺激などにおいて、シグナル伝播に関わる分子は1割以下と言われていますから、実際には10%のゲインはなかなか稼げないでしょう。もちろん十分に明るい条件で実験すれば10%のゲインでも十分なのですが、実際には蛍光のイメージングはとても暗い条件でやっていて、この程度の、ゲインでは十分とはいえません。この点はノイズがどうして発生するか、実際の蛍光はどの程度か、などなどかなり専門的な知識がないと理解できないので、このへんで勘弁してもらいます。一方、1分子FRETの場合に は、非会合時にもFRETは起きているという問題があります。ですから、通常使用されているプローブでは、刺激の有無での蛍光強度比の変化は50%を超えれば上出来だ、ということを認識する必要があります(図4.3.5)。
1. 407nmの励起光を発する固形レーザーはオプションですが、CFPを励起するためには必須です。
2. CFPの蛍光を観察するのに適したBand path filter(470AF40、Omega Optical, Inc.)を用いるとCFP由来の蛍光を効率よく検出できます。費用対効果の高い改良なので強くお勧めします。 FACSAriaのBand path filterは容易に交換できるので、例えば中央機器室においてあるような機械でも、 自分たちが用いる蛍光物質のプロフィールを参照し、最も適したfilterを選ぶことでS/N比をあげることができます。 3. 色素名の変更: 標準のFACSAriaのチャネルには蛍光色素の名前が付けられていますが、我々はこれらのチャネルの名は“励起波長”-“測定波長”という名に変えています (例、 407-470)。この設定はInstrument configuration で簡単に行えます。これにより、自分たちが用いている蛍光たんぱく質、蛍光色素の最適な励起波長と蛍光波長を調べることにより、誰がどのような蛍光物質を用いても、即座に理解し対応できます。 4. FRET解析用ソフト: 我々はFRETのデータを標準添付のDiva softwareに加えWinList (Verity Software House, Inc.) を用いて解析しています。Diva softwareはFACSAriaのコントロールとデータ解析が行えるソフトなのだが、@生データをExcelに転送することができない、AScatter plotのパラメータに、複雑な計算式で処理したデータを加えることができない、の二つの欠点があります。FRETを定量するためにはいくつかの補正が必要なので、WinListあるいはそれに替わるソフトは必須です。
我々が愛用している画像解析用のマクロ(MetaMorphではJournalといいます)をいくつか紹介します。詳細は、文献32をご覧ください。
Subtract_FRET_CFP.jnl FRETスタック画像とCFPスタック画像のbackgroundを引くJournal。
Normalized_Ratio.jnl Backgroundを引いたFRET, CFPスタック画像から、Ratio画像を作るJournal。刺激前のプレーンで規格化するので、定量的に評価できる。
ZDC.zip(Find_Focus.jnl, Find_Offset.jnl, Set_Zero.jnl, Only_first_position_ZDC.jnl) 多点タイムラプスでオートフォーカスをはじめの一点目のみ動作させるJournalセット。
共焦点レーザー顕微鏡: 断層像をとるには共焦点レーザー顕微鏡が必要です。CFPを励起するのに至適なレーザーは430 nmの固形レーザーです。以前はHeCdの440 nmレーザを使ってましたが、駆逐されつつあります。汎用のArの458 nmのレーザーでなんとかFRETがとれないこともないですが(論文にしているグループもあります)、YFPも励起してしまうので(Cross-excitation)、ノイズが大きくなります。最近の共焦点レーザー顕微鏡には分光装置がついており、計算によりCFPとYFPを完全に分離できるとされていますが、レーザーにArを使う限りは、ノイズが大きいのは仕方がありません。
全反射型顕微鏡: 阪大柳田研がいつも使っているので有名なエバネッセント場顕微鏡です。オリンパスから市販品が出て、だれでもできるようになりました。HeCdの440 nmレーザーをつけた顕微鏡は、focal contactなどを観察するのに威力を発揮しています。実は、エバネッセントの理論値であるガラス底から100 nmよりももっと深いところまで観察できます(単なる偏射照明ですが、バックが減るという点は同じです)。 弱点は蛍光量を定量的に捕らえるのは難しいという点でしょう。focusが少しずれただけで蛍光量が大きく増減しますので、タイムラプスの実験はかなり気合と根性が必要です。われわれは小胞融合過程のように速い過程の可視化には使いましたが (文献22)、長い時間になると焦点のずれによる光量の変化が負担です。また、干渉縞の発生などなかなか難しいトラブルも発生しますので、この実験をやるなら相当な気合が必要です。
2光子レーザー顕微鏡: (高価な割には戦力にならないので)戦艦大和とあだ名がつけられていました。うちの1番艦大和も、残念ながら当初は期待したほどの戦果は挙げませんでしたが、ここ数年、その威力を存分に発揮しつつあります。くだらない前置きはさておき、二光子顕微鏡のメリットは、組織深部の観察が可能であるということです。脳組織なら1 mm近くの厚みの立体画像を作ることができます。マウスなら、皮質のほぼ全部をカバーできる厚さです。小腸なら漿膜から絨毛まで見ることができます。最近、組織へのFRETプローブの導入も可能になりつつあり、今後は二光子顕微鏡を使ったFRETイメージングが盛んになるでしょう。「え、培養皿の細胞で実験して、何かわかるの?」と言われる時代はもう目の前です。当研究室では、最近、2番艦武蔵が竣工しました。倒立型と正立型の二つの顕微鏡を備えた最新鋭型です。次の改訂の時には、二光子顕微鏡を使ったFRETイメージングのデータをたくさん提示したいと研究室一同がんばってます。
Rasはヒトの癌の30%に活性化型変異が認められる癌遺伝子の王様である。この分子は低分子量GTP結合蛋白の代表で、細胞内の分子スイッチとして機能している(図5.1.1)。すなわち通常はGDPに結合した非活性化型として存在するが、グアニンヌクレオチド交換因子の存在下にGDPがGTPに置換されると、構造変化が起こり、その中のエフェクター結合領域がエフェクターに結合し、情報をエフェクターに伝播する。つまり、GDPをGTPに置換することで活性化型に変化する。エフェクターは多数知られているが、もっとも有名なエフェクター分子はセリンスレオニンキナーゼ型癌遺伝子産物であるRafである。RafはRasと結合することにより活性化される。図5.1.1では、不活性化型を青で、活性化型を赤で示してある。GTP型のRasは、GTP水解促進酵素(GAP)の存在下にGTPをGDPに水解し、不活性化型に戻る。
さて、Rasを始めとして多くのG蛋白は膜画分に存在することが知られている。しかし、膜画分といっても、細胞膜や、小胞体、Golgiなど、いろんな場所がある。Rasも大部分は細胞膜に存在するものの、Golgi装置なででは異なった機能を発揮しうるのではないかと最近、報告されている。したがって、さまざまな刺激に応じて、Rasがどこで活性化されるかを観察することが必須である。Raichu-Rasプローブはこれを初めて可能にしたものである。下記の実験では、Cos細胞にRaichu-Rasを発現させて、代表的な増殖因子である上皮細胞増殖因子を投与し、細胞内でのRasの活性化を画像化したものである。増殖刺激により、細胞は活発に細胞骨格系の再構成を行い、葉状突起を出して運動する。Rasは明らかに、このような新しくできた葉状突起でもっと強く活性化され、そのシグナルは細胞の内側へと広がっていくのがわかる。
検出セット
細胞培養
撮影条件: 露出時間: 500 msec (蛍光画像用)、30 msec(位相差像用)
毎分2枚撮影
撮影開始後10分に、上記の上皮細胞増殖因子溶液1mlを加える。
画像(mpegビデオ、約0.5 Mbyte)左上:位相差像、左下:CFP、右上:FRET、右下、YFP : By Naoki Mochizuki
(文献19)
Rasは細胞増殖刺激のみならず、他のさまざまな刺激によっても活性化されることが知られている。ここではcAMPによる活性化を観察した。cAMP刺激では細胞の形態に明らかな変化は観察できない。しかし、Rasの活性化は、上皮細胞増殖因子で刺激したときと同様に、やはり細胞の外側から内側に向かって広がっていくのがわかる。これらの画像データを詳細に解析することにより、Rasの不活性化因子がこのような細胞内での活性の局在を形成するのに重要な働きをしていることがだんだんわかってきた。
撮影条件: COS1細胞に、eGRF(cAMP依存性のRas活性化因子)とRaichu-Rasを発現させる。撮影開始10分後にForskolin/IBMXにて細胞を刺激した。露出時間: 500 msec (蛍光画像用)、30 msec(位相差像用)。30秒おきに1時間撮影。 cAMP刺激時のRas活性化のFRET画像 (mpegビデオ、約1.0MB) By Yusuke Ohba.
細胞運動時のRacとCdc42の活性化 (文献18)
Rasは低分子量G蛋白の代名詞とも言うべき代表選手であるが、このRasとはやや遠い親戚のG蛋白群として、Rhoファミリーの分子が知られている。これらの分子、Rho、Rac、Cdc42は、細胞骨格系を制御することが明らかになっている。しかし、では、細胞が変形するときに、いったいどこでこれらG蛋白は活性化されているのであろうか?この問題にチャレンジするために、HT1080細胞という激しく運動する線維芽細胞にプローブを発現させて、RacおよびCdc42が細胞のどこで活性化されるかを観察した。その結果、細胞の進行方向に向かってなだらかなグラジエントをもってRacの活性は上昇するのに対し、Cdc42は、より先端部で強く活性化されていることがわかった。それがどういう意味を持つのかは現時点ではまだまったくわからない。このように新しいプローブを使って観察っすると、これまで考えることもできなかった新しい疑問が次々にわいてくるから楽しい。もっとも、分子生物学者はメカニズムに言及しない研究は“descriptive”といって一蹴することが多いので苦労する。でも、生物学の基本はdescriptionだろう?
撮影条件: HT1080細胞に、Raichu-Rac1またはRaichu-Cdc42を発現させる。細胞を播きなおして1時間後から撮影開始。露出時間: 500 msec (蛍光画像用)、30 msec(位相差像用)。2分おきに1時間撮影。 Racの運動時の画像 (mpgムービー、約1.3MB) 左:微分干渉像、右:FRET Cdc42運動時の画像 (mpgムービー、約1.3MB) 左:微分干渉像、右:FRET By Reina E. Itoh.
(文献21)Rhoはアクチン骨格のバンドリングを誘導し、ストレスファイバーという構造物を誘導する。また、Rhoの活性化がアクトミオシンの収縮を促し、細胞の形態形成に大きな影響を与えることは有名である。この情報から、運動している細胞においてはRhoは尾部で活性化されていた、細胞体を進行方向に引っ張る役割をすると考えられていた。じっさい、タマホコリカビなどではそのような結果がでている。では、実際にはどうか、Raichu-Rhoプローブを使ってイメージングしてみた。ビデオを見ていただければわかるが、Rhoは細胞の進行方向と尾部の両方で活性が高い。しかもよく見ると、尾部で活性が高くなるのは、尾部を中心部に「よっこらしょ」と引っ張るときだけであることがわかる。
撮影条件: MDCK細胞に、Raichu-RhoAを発現させる。細胞を播きなおして1時間後から撮影開始。2分おきに1時間撮影。Rhoの運動時の画像 (mpegムービー、約1MB) By Kazuo Kurokawa..
(文献20)細胞がもっとも激しく形態変化を起こす時といえば、やはり細胞分裂時であろう。RhoファミリーG蛋白はこの細胞分裂にも重要な働きをすることが多くの研究より明らかになっているが、では分裂時にどこで作用しているのであろうか?この問題にRaichuプローブを用いて取り組んだ。下のビデオ画像は、HeLa細胞が分裂するときにRhoファミリーG蛋白の活性はどのように変化するかを調べたものである。これまでの生化学的研究では、細胞周期を揃えるためにさまざまな薬剤の投与を必要とした。しかし、これらの薬剤は多くの場合、RhoファミリーG蛋白の活性にさまざまは影響を与えることが知られている。そこで、この研究では、気長に細胞の写真をとり続け、細胞が分裂するまで撮影し続けるという手法をとった。このような手法 は生化学的には用いることができないもので、イメージングによるシグナル伝達研究の大いなるメリットのひとつだ。さて、その結果は、@Rho、Rac、Cdc42、いずれも、細胞分裂の開始とともに活性が速やかに低下する。これは、細胞の形態を支えているアクチン線維がばらばらになって細胞が丸くなるのに呼応しているように見える。A やがて染色体分離が終了し細胞質分裂が開始すると、Rhoの活性が分裂溝を始めとする辺縁部の細胞膜で上昇を開始し、それは分裂が終了して細胞が広がるまで続く。B 一方、Racの活性は細胞質分裂が始まっても低下を続け、細胞質が完全に分離し、細胞が伸展を開始するとともに活性が上昇し始める。Cdc42の活性はおおむねRacと同じような傾向をとるが、その活性変化はかなり少ない。これらの結果は、アクトミオシン線維の収縮をRhoが促進し、Racが抑制するという現在のモデルにはよく合致する観察結果となった。しかし、細胞分裂開始時のRhoファミリーの活性低下はこれまで観察されておらず、今後、その意義について解析する予定である。
撮影条件: HeLa細胞に、Raichu-RhoA、Raichu-Rac1またはRaichu-Cdc42を発現させる。露出時間: 500 msec (蛍光画像用)、30 msec(位相差像用) 。2分おきに一晩撮影。 左:微分干渉像、右:FRET By H. Yoshizaki
MPEG files run on Windows Media Player
Crkは、アダプター分子群発見の先駆けとなった分子であり、SH2ドメインとリン酸化チロシンの結合によるチロシンリン酸化情報伝達機構の解明をもたらした分子である。1988年にBruce MayerはニワトリRNA型肉腫ウィルスCT10より癌遺伝子v-crkを同定した。CrkはSH2、SH3ドメインのみで構成される分子であり、それ自身は酵素活性を持たないが、リン酸化チロシンとSH2ドメインが結合することによってC3GやDOCK180等のSH3ドメイン結合分子を基質の存在する場所にリクルートするアダプター蛋白質である。また、他のアダプター分子と異なりCrk自身もSrcファミリーチロシンキナーゼ、AblやEGF Receptor等の増殖因子レセプターによってチロシンリン酸化され、分子内SH2ドメイン-リン酸化チロシン結合による構造変化を起こす(図5.2.1)。 PicchuはPhosphorylation indicator of Crk chimeric unitの略。アダプター分子Crkのリン酸化状態をモニターするために作成されていますが(文献7)、原理的にはチロシンリン酸化酵素の活性化モニターです。プローブの詳細な記述はここをご覧ください。
下記の実験では、上皮細胞増殖刺激を加えたときに、細胞内でチロシンリン酸化がどのように広がるかを観察しています。
撮影条件: COS1細胞にPicchu911を発現させた。露出時間: 500 msec (蛍光画像用)、30 msec(位相差像用)
毎分2枚撮影。
撮影開始後10分に、上記の上皮細胞増殖因子溶液1mlを加える。
画像 (MPEG movie、約0.6MB) 上:位相差像、下:FRETをあらわすRatio像
。By Kazuo Kurokawa
(思いつくまま)
何も刺激していないのにRatio(FRET/CFP)が下がってくる: Ratio(FRET/CFP)に関するトラブルのときは、まず、FRET、CFPの値がどう変化しているかを確認してください。ともに減少している場合は褪色しています。撮影間隔を上げるか、露光時間を短くしてください。CFPが上昇し、FRETが低下している場合は、理由は不明ですが、正しくFRETが変化しています。
何も刺激していないのにRatio(FRET/CFP)が上がってくる: @ 細胞を探すときに褪色してしまった。しばらく待つと安定することがあります。A 蛋白のフォールディングに時間がかかっている。この場合、YFPの蛍光もCFPの蛍光も増加してきます。トランスフェクション後にあまり時間がたっていないと時々おきます。B 細胞の大きさが変わった。細胞の大きさが変わったりして、局所のプローブの量が変化すると、Ratioが高く、あるいは低くなることがあります。バックグランドの補正の問題です。
撮影中に焦点がずれる: 原因は様々です。熱膨張に起因するものを防ぐには、保温箱を十分暖めてから撮影してください。あるいは顕微鏡にクーラーの風が直接当たっていませんか?培養皿を固定する方法も工夫が必要です。
細胞の片側で徐々にRatioが高く(低く)見えるが、いつも同じ向きだ: 励起光にむらがありませんか?芯出しをきっちりやってください。
細胞の辺縁でRatioが高く(低く)見える: misregistrationです。YFPとCFPの画像の位置ををソフト上で微調整してください。
プローブを入れた細胞が元気がない: プローブによっては過剰発現で毒性をもつなどの影響がありえます。プローブの発現量の少ない細胞でやるしかないでしょう。
本プロジェクトに使用している多くの蛍光蛋白は理研の宮脇敦史博士に供与いただいております。 また、同グループの水野、永井博士らの技術面での細かい指導なしにはPHOGEMONの作成は不可能でした。この場を借りてお礼を申し上げます。これまでの研究は、文部科学省特定研究「たんぱく可視化」、科学技術振興調整費「先端技術分野」、文部科学省がん特定研究統合総括班「がん科学のニューフロンティア」によりサポートされてきました。現在は、文部科学省セルイノベーションプロジェクトおよび新学術研究領域「蛍光生体イメージ」の研究費を得て、FRETバイオセンサーとゲノムサイエンスの融合、ならびに生体イメージングへの応用を目指しています。諸官庁ならびに本プロジェクトを支持していただいた審査委員の先生にこの場を借りてお礼申し上げます。最後に、これまで開発したFRETプローブは研究室の学生ならびにスタッフたちの汗と涙の結晶であることを付記し、深甚なる感謝の意を表したいと思います。本文の著作権は、松田道行(京都大学大学院医学研究科病態生物医学)が有しています。