図4.7.1
図4.7.2
ある細胞内事象を観察するプローブを開発したとしよう。それはどういう分布を取るのが理想的であるだろうか?もし、このプローブが極めて低いバックグランドを有し、細胞に全く影響を与えないようなものであれば、細胞内に均一に存在するのが理想だろう。しかし現実には、CFPとYFPを用いるFRETにおいては、シグナル は0と1でない。つまり、前述した如く、FRET効率の指標である蛍光強度比(YFP/CFP)はYFPが全く存在しないときでも0.2くらいあるというのが最大の問題だ。例えば、図4.7.1の状態で、細胞膜のみで目的とする蛋白が活性化されるとしよう。細胞膜部位のPHOGEMON(緑の部分)が、全体の1割として、その蛍光強度比が0.5から3に上昇すると仮定する。刺激前の蛍光強度は0.5であるのに対し、刺激後は細胞質分の(黄色い部分)0.9x0.5に細胞膜分の蛍光(緑の部分) 0.1x3を加えて0.75である。つまり、 シグナルは50%の変化しかおきない。ところが、もし、図4.7.2の如く、細胞膜 にのみPHOGEMONを発現させておけば、0.5が3へ増加するので、300%のシグナルの増加が期待できる。 だから、シグナルが発生しそうもないところにはプローブを置かないのが高いシグナルノイズ比を得るには必須である。しかし、あるごく一部にのみプローブを置いて、そこでシグナルが増えることを見つけても、「ではほかの場所ではどうなのか?」と必ず聞かれるだろう。従って、もっとも多くの人間が納得しそうな解答は、プローブをそのモニターするべき蛋白と同じ場所に置くことである。
くどいと思うが、FRETプローブの弱点は、シグナルがON/OFFでないこと 、つまり、OFFの状態のプローブが多いと、ONのシグナルが拾えないことを再度、強調したい。ところが現実のシグナリング分子は、10%も活性化されればいいほうである。ではこの矛盾をどう解決するか。情報伝達分子の多くは二つの制御機構を有している。一つは、分子の構造変化による活性調節、もう一つは、細胞内での局在の変化である。例えば、G蛋白活性化因子やセリンスレオニンリン酸化酵素は、本来は細胞質にあり、刺激により細胞膜へ移動し、そこで構造変化を伴う活性化を起こす、という2ステップの活性制御を受けている。このことに着目すると、活性化をより効率的に捕らえるには、モニター分子を、モニターするべき蛋白が活性化される場所(細胞膜であることが多いが)に限局させれば、効率よく分子の活性化を検出できることを意味している。我々の開発したリン酸化モニターPicchuは、本来は細胞質 に多く存在するCrk蛋白のチロシンリン酸化のモニターであるが、 チロシンリン酸化酵素はほとんど細胞膜でのみ活性化されるので、Picchuを細胞膜にのみ局在させることにより、S/N比の著しい向上が 観察されている。また、さらに重要なことは、対象とする分子がなにもいつも同じ場所でばかり仕事をするとは限らないことである。たとえばH-Rasは細胞膜とGolgi装置の両方で何らかの働きをするという報告も出ている。こういう場合、プローブのシグナルはもっとも多く存在する部位のシグナルしか反映しないので、観察したい場所にのみプローブを限局させるという手段も当然考慮すべきである。