Picchu  

図5.2.1

Crkとは:

Crkは、アダプター分子群発見の先駆けとなった分子であり、SH2ドメインとリン酸化チロシンの結合によるチロシンリン酸化情報伝達機構の解明をもたらした分子である。1988年にBruce MayerはニワトリRNA型肉腫ウィルスCT10より癌遺伝子v-crkを同定した。CrkはSH2、SH3ドメインのみで構成される分子であり、それ自身は酵素活性を持たないが、リン酸化チロシンとSH2ドメインが結合することによってC3GやDOCK180等のSH3ドメイン結合分子を基質の存在する場所にリクルートするアダプター蛋白質である。また、他のアダプター分子と異なりCrk自身もSrcファミリーチロシンキナーゼ、AblやEGF Receptor等の増殖因子レセプターによってチロシンリン酸化され、分子内SH2ドメイン-リン酸化チロシン結合による構造変化を起こす(図5.2.1)。


図5.2.2

図5.2.3

Picchuの構造:

PicchuはRaichuと異なり自身の構造変化をもとにしている。Crk自身のSH2ドメインがリガンド領域であり、アミノ酸221番目のチロシンがセンサー領域である(図5.2.2)。Crkがチロシンキナーゼによってチロシンリン酸化されると自身のSH2ドメインと分子内結合してその構造が変化する。この構造変化によってN末のアクセプター(YFP)とC末のドナー(CFP)が接近してFRET効率が上昇するシステムである。CrkIIの全長を用いたプロトタイプでは、リン酸化によるFRET効率の上昇がほとんど見られなかったため、C末端側より数アミノ酸づつ欠失させていくことによりFRET効率を改善させ30%を確保した(図5.2.3)。


図5.2.4

リガンド領域:

Crk のSH2ドメイン内38番目のアミノ酸アルギニンをバリンに変えた変異体は、SH2ドメインとリン酸化チロシンの分子内結合ができない。この部位に変異をいれたPicchuR38Vは、リン酸化されてもFRET効率が上昇せず、コントロールとして利用できる(図5.2.4)。

センサー領域:

Picchuのセンサー領域にあたる221番目のチロシンをフェニルアラニンに変えた変異体PicchuY221Fはチロシンキナーゼによるリン酸化を受けず、FRETの効率も変化しない(図5.2.4)。コントロールとして使用できる。

SH3変異体

CrkはSH3ドメインに結合する分子をその分子の働く場所へリクルートするアダプター蛋白質として働く。SH3ドメインに変異をいれ、結合を阻害した変異体PicchuW169Lも作成してある。

図5.2.5

プローブとしての感度とその局在:

GFP-CrkI、II等を用いてCrkI、IIの細胞内局在を調べるとCrkは細胞質全域に発現している。さらに、接着斑部位での発現量が高いことが分かる。Picchuも細胞質全域で発現しており、細胞内全体のCrkのリン酸化を解析するにはPicchuは最適である。しかし、接着斑での高い発現は、ほとんど見られず、Src等の共発現によって接着班に局在するPicchuの量を増加させることが出来る。しかしながら、接着斑におけるリン酸化の情報は現在のところ解析できていない。これは、接着斑以外に発現しているPicchuの量が多いため、それらの影響で接着斑部分での変化をモニターできないためである。細胞内全域での全Crkのリン酸化にPicchuは最適であると述べたが、これは逆に細胞のある一部におけるCrkのリン酸化は解析できないことを意味している。細胞内でのCrkの移動は非常に早く、FRAPによる解析では、細胞の局所でのブリーチングが出来ないほどである。そのため増殖因子によって細胞膜付近でリン酸化されたCrkは速やかに細胞全体に拡散してしまい、増殖因子受容体によるCrkのリン酸化が細胞のどの部位から始まるか、という位置情報を得るには、Picchuの改変が必要であった。そこで我々は、PicchuのC末端にKi-RasのCAAXを付加したPicchu-Xを作成した。Picchu-Xは細胞膜にのみ局在し(図5.2.5)、高いFRET効率と時間分解能を得ることが出来た。このPicchu-Xによって細胞膜付近でのCrkのリン酸化が細胞の辺縁より始まることを見出すことが出来た(文献7)。

Picchuの諸性能:

プローブを作成した後、これらが確かに生理的なCrkリン酸化を反映しているかなどを確認する必要がある。我々が確認したのは以下の項目である。

  1. チロシンキナーゼに対する反応性。
  2. 内在性Crkのリン酸化状態との対応。

EGF依存性のCrkリン酸化画像

Plasmid Information:

Picchu-911 (wild type) sequence, MAP

Picchu-911X (CAAX) sequence, MAP

 

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