集団運動における機械的な力を介した細胞間情報伝達機構を解明

〜FRETバイオセンサーとメカノバイオロジーの協調〜

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集団運動時に細胞同士が引っ張り合う力によってERK MAPキナーゼ分子の活性波が生み出され、遠くに伝わることを明らかにしました。以前私たちの研究チームは、創傷治癒過程においてERKの活性が傷口から遠くに波として伝播することを報告しました。この活性波は細胞集団の協調的な運動を生む出すことはわかっていましたが、その制御機構については多くの謎が残されていました。本研究では、細胞が生み出す機械的な力に着目し、分子活性の可視化・操作技術、力の測定、数理モデルを組み合わせ、その謎の解明に挑みました。その結果、個々の細胞は引張力を受けると伸展→ERK活性化→収縮という応答を示すことがわかりました (図1A)。また、細胞間の物理的な相互作用を考え、ERK活性化により細胞が収縮すると隣の細胞に引張力を負荷させ、ERK活性伝播が起こることを見出しました (図1B)。よって、機械的刺激と細胞内のシグナル伝達とが協調的に作用し、遠くまで持続的な情報伝達が起こることを示しました。細胞における力学−生化学シグナルの連成作用を明らかにした本研究は今後の多細胞動態メカノバイオロジー研究の展開の基盤になると期待されます。本成果は、2020年6月4日に米国の国際学術誌「Developmental Cell」にオンライン掲載されました。

研究の背景

皮膚の一部が欠損するとそれを修復するべく、傷口を取り囲む正常の細胞が前進します。この際、細胞同士はお互いにくっつき、集団で一体となって移動します。この創傷治癒という現象は古くから研究されていますが、なぜ、細胞が集団として協調的に移動するのかは未だ明らかではありません。傷口から遠く離れた細胞が、なぜ、傷ができたことを知り、それを埋めるべく協調して前進を開始するのでしょうか?以前私たちは、マウスの皮膚や培養細胞を用いて創傷治癒を模した実験系をつくり、細胞増殖を制御するタンパク質ERKの活性が傷口で上昇し、後方へ向かって大きな波として、しかも何度も繰り返して伝播していく現象を発見しました(2015, Hiratsuka et al., eLife; 2017, Aoki et al., Dev. Cell)。しかし、どのような制御機構で隣の細胞にERK活性が伝わるのかについては不明な点が数多く残されていました。

研究の内容と成果

私たちは、細胞における機械的な力とERK活性との相互作用に焦点を当て、協調的な集団運動を生み出す制御システムの解明に取り組みました。本プロジェクトでは、力学と生化学という異なる研究分野の統合に取り組む必要があったため、京都大学SPIRITSの支援を受け(プロジェクト名:細胞集団運動の統合的理解に向けたメカノバイオロジー研究の国際共同ネットワーク構築)、細胞の力測定に詳しいXavier Trepat教授らのグループ(Institute for Bioengineering of Catalonia:IBEC、スペイン)と協働し、研究を進めました。


本研究では、イヌの腎臓由来の上皮細胞株であるMDCK細胞を用いて、集団運動時の細胞形態とERK活性をイメージングし、両者の定量的な解析を行いました。これにより、個々の細胞は伸展と収縮を繰り返し、この細胞変形もERK活性と同様に細胞間を伝播することを見出しました (図2)。また、細胞を伸展させるとERKが活性化し (図3)、逆に光遺伝学ツールでERKを活性化すると細胞が収縮することが分かりました (図4)。これらの結果から、細胞は引張力を受けると伸展→ERK活性化→収縮という応答を示すことがわかりました。さらに、ERK活性伝播には細胞間接着が必要であるなどの結果から (図5)、ERK活性化による細胞収縮が隣接細胞へ引張力を負荷し、隣接細胞の伸展を引き起こすことでERK活性が伝播すると分かりました。さらに、これらの実験結果を数理モデル化することで、細胞集団運動の再現と予測に成功しました。"Movieはこちら"

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図3
図4
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研究の意義

本研究により、細胞の引っ張り合いに起因する細胞間でのERK活性伝播機構が明らかとなりました。この結果は長距離での細胞間情報伝達における機械的な力の重要性を示すものであり、今後の多細胞動態メカノバイオロジー研究の展開の基盤となることが期待されます。

今後の展開

ERKを含むシグナル伝達経路は、腫瘍形成に深く関与することが知られています。今後、力の受容とERK活性応答の制御システムの解明を進めることで、疾患の理解や新たな治療法の開発に役立つ基礎知見を積み上げていきたいと考えています。

研究プロジェクトについて

科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST) の支援を受け、実施しました。


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