がん細胞が免疫から逃れるメカニズムの解明

〜がん細胞と血管内皮細胞との細胞間相互作用〜



概要

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がん細胞は、自身を取り巻く腫瘍微小環境を改変し、免疫から逃避することで生き残ります。このメカニズムの解明はがんに対する新規治療法を探索する上で大変重要です。私たちはがん細胞から放出され免疫の働きを抑制するプロスタグランジンE2 (PGE2)に着目し、その放出を制御するメカニズムの解明を試みました。二光子顕微鏡を用いてマウス生体内のがん細胞を観察し、カルシウム応答がPGE2放出の誘因であることを見出しました。さらに、このカルシウム応答は血管内皮細胞増殖因子の刺激に応じて血管内皮細胞から分泌されるトロンボキサンA2が腫瘍細胞に働くためであることを見出しました。本成果は抗血栓薬の有する抗腫瘍効果の分子基盤を明らかにするとともに、腫瘍微小環境を標的とする新規がん免疫療法の開発につながると期待されます。今後は、この治療で恩恵を受ける患者さんを選抜しうるバイオマーカー探索に尽力したいと考えています。本研究成果は、2021年5月24日に国際学術誌「Cancer Research」のオンライン版(DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-20-4245)に掲載されました。


研究の背景

私たちの体は免疫の力によって発生したがん細胞を排除しています。一方、がん細胞は免疫の働きを抑制する物質の放出、免疫の働きを阻害する細胞を呼び込むなどの方法で、自身を取り巻く腫瘍微小環境を改変し免疫の働きを阻害することで生き残ります。この現象は免疫逃避と呼ばれがん治療における重要な問題です。ププロスタグランジンE2 (PGE2)は、がん細胞から放出され免疫を抑制する代表的な物質であり、従来から高い注目を集めてきました。しかし、がん細胞によるPGE2の放出を制御する機序については十分には明らかにされていませんでした。そこで研究グループは、がん細胞からのPGE2放出を制御する細胞同士の相互作用解明を目的として、本研究を行いました。

研究の内容と成果

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細胞内のPGE2産生はカルシウム応答により惹起されます。そこで、生きたマウス体内のがん細胞カルシウム応答を観察し、薬剤投与や遺伝子改変技術を用いてPGE2放出の制御メカニズム解明を試みました。生体組織は光を通しにくいため組織透過性の良い二光子顕微鏡を使用し、マウス皮下に移植したがん細胞を観察しました(図1A)。その結果、腫瘍微小環境内(生体内)の一部のがん細胞で活発なカルシウム応答が観察されました。カルシウム応答は、がん細胞単独培養(生体外)では観察されず、がん細胞と他の細胞との細胞間相互作用により、カルシウム応答が惹起されていることが示唆されました(図1B)。


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次にがん細胞のカルシウム応答を惹起する、がん細胞上の受容体を探索しました。その結果、TXA2受容体を欠損したがん細胞では@カルシウム応答が抑制されること、A腫瘍微小環境内のPGE2濃度が低下すること、B免疫によるがん細胞の排除が達成されることが明らかとなりました(図2)。さらに、血管内皮増殖因子の特異的な阻害剤を投与することで、腫瘍微小環境内のTXA2濃度、そしてPGE2濃度が低下することを見出しました(図3)。これらの結果より、血管内皮増殖因子の刺激に応じて血管内皮細胞から放出されるTXA2が、がん細胞のカルシウム応答を惹起し、PGE2の放出および免疫の抑制を促していることが明らかとなりました。


研究の意義

血管内皮増殖因子の阻害によって、がんに対する免疫応答が増強されることは、臨床試験の成果としてこれまでにも少数ですが報告されていました。本研究は、この臨床効果の分子メカニズムの一端が明らかにする成果となりました。本成果は、免疫チェックポイント阻害剤など他の免疫療法との組み合わせを含めた、新規がん免疫療法の開発につながると期待されます。

今後の展開

2018年ノーベル医学生理学賞に代表されるように、がん免疫療法は近年大変高い注目を集めています。本研究を通して、がん細胞が免疫からの攻撃を逃れる新たなメカニズムを解明することができました。新たながん免疫療法の開発につながると期待しています。今後は、各種のがん免疫療法に適した適応患者さんを見出すためのバイオマーカー探索に尽力していきたいと考えています。


用語解説

腫瘍微小環境: がん組織の中には、免疫細胞や血管細胞など非がん細胞が多く存在し、がん細胞の成長に影響を与える。これらの細胞や環境を総称して腫瘍微小環境と呼ぶ。

免疫逃避: がん細胞が宿主の免疫監視機構から逃れること。がん組織内では、がん細胞自体や、周囲の免疫細胞や線維芽細胞がさまざまな形で免疫抑制を誘導している。

血管内皮増殖因子: 血管新生を促すタンパク質。血管内皮細胞に作用し、細胞の分裂や遊走、分化などを誘導し、新たな血管を形成させる。

プロスタグランジンE2 (PGE2): アラキドン酸より生合成される生理活性物質の1つ。発熱、疼痛、血管拡張や分娩などその生理機能は多岐にわたる。免疫逃避を惹起しがんの成長をサポートする代表的物質の1つ。

トロンボキサンA2 (TXA2): アラキドン酸より生合成される生理活性物質の1つ。血小板表面に結合し血小板凝集を誘導する機能があり、血栓症を予防する抗血小板療法の重要なターゲットとなっている。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業(Moonshot R&D)の支援を受け、実施しました。


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