生きたマウス体内のAMPK活性を可視化

〜糖尿病薬や運動によりどの細胞のAMPKが活性化されるか明らかに(京大広報)

図1

細胞内エネルギーが不足すると活性化するAMP活性化プロテインキナーゼ (AMP-activated protein kinase, AMPK) というリン酸化酵素の活性を生体内でモニターするため、AMPKのFRETバイオセンサーを発現する遺伝子改変マウスを開発しました。その結果、生きたマウス体内で糖尿病薬や運動によるAMPKの活性化を捉えることに成功しました。 今回の成果により、薬や運動による効果がどの組織のどの細胞を標的としているかが明らかになりました。 本研究成果は科学雑誌「Cell Reports」に掲載されました (図1)。 (こちら)

図1: AMPKの活性を検出するFRETマウス
(左) 糖尿病薬であるメトホルミンは肝臓において、ドーピング剤であるAICARは骨格筋においてAMPKを顕著に活性化させる。
(右) 運動によるAMPK活性化は遅筋よりも速筋で顕著である。

研究の背景

AMPKは栄養飢餓状態においてATP産生を誘導する重要なタンパク質リン酸化酵素です。 私たちの研究室では、様々なタンパク質リン酸化酵素活性を生きた細胞内でリアルタイムにモニターするため、 蛍光共鳴エネルギー移動 (FRET) の原理に基づくバイオセンサーを開発してきました。 またそうしたFRETバイオセンサーを培養細胞だけでなく生きたマウスを使って二光子励起顕微鏡で観察するin vivo imagingに応用することで、 生体内での現象や細胞間コミュニケーションを解明することを目指しています。本研究でAMPK活性を計測するFRETバイオセンサーを作製し、 さらに、このバイオセンサーを発現するマウスを作製して、生きたマウス体内でAMPK活性がどのように変化するかを観察しました。


研究の内容と成果

図2

まずAMPK活性を生きた細胞内でリアルタイムに検出するため、FRETに基づく既存のバイオセンサーを改良しました。 改良のため、FRETバイオセンサーを高感度化させるのに有用なEVリンカーを用いました。 従来のAMPKのFRETバイオセンサーをEVリンカ−でつなぐことにより従来の約3倍の高感度化に成功しました。 同時に、新規バイオセンサーの特異性はノックアウト細胞を用いて確認済です (図2)。

図2: AMPKのFRETバイオセンサーの高感度化
10 mMの2-デオキシグルコース (2-DG) で刺激し、細胞内のFRET/CFP比の変化を観察した。
(A) HeLa細胞に、従来型と改良型AMPK-FRETバイオセンサーをそれぞれ発現させた。
(B) 野生型およびAMPKノックアウトのHEK293A細胞に、改良型AMPK-FRETバイオセンサーを発現させた。

図3

高感度化したAMPKのFRETバイオセンサーを用いると、AMPKに作用する薬剤や分子がどのようにしてAMPK活性を調節しているのかが明らかとなりました。 様々な培養細胞にAMPKのFRETバイオセンサーを発現させてAMPK活性を調べたところ、LKB1の発現の有無がAMPK活性の基底状態を決めていることが分かりました (図3)。 LKB1はポイツイエーガー症候群の原因となることが知られているがん抑制遺伝子産物で、AMPKを活性化させる主要なリン酸化酵素です。 また広島大学浅野研との共同研究により、プロリン異性化酵素であるPin1はLKB1依存的なAMPK活性を抑制するが、 LKB1非依存的なAMPK活性には影響を与えないことが分かりました。

図3: LKB1依存的なAMPK活性化
LKB1を発現する細胞 (HepG2, Colon 38, 3LL) とLKB1を発現しない細胞 (A549, H460, HeLa) にAMPK-FRETバイオセンサーを発現させてAMPK活性を比較した。 野生型LKB1(WT)またはキナーゼ活性欠損型LKB1(KD)をHeLa細胞に過剰発現させてAMPK活性を測定した。

図4

マウス生体内のAMPK活性を調べると、薬や生理的刺激がどの組織のどの細胞を標的としているかが明らかになりました。 糖尿病薬であるメトホルミンは肝臓でAMPKを顕著に活性化させる一方で、骨格筋ではその効果はほとんどみられませんでした。 またドーピング剤として知られているAICARは、骨格筋のAMPKを選択的に活性化させることが分かりました。 これらの知見は、実際の薬剤効果を反映する所見であり、AMPKバイオセンサー発現マウスが生体内での薬力学の解析に有用であることを示しています。 さらにマウスを運動させたあとに骨格筋でのAMPK活性を観察すると、遅筋に比べて速筋で有意にAMPKを活性化させることを見出しました (図4)。

図4: 組織ごと細胞ごとのAMPK活性の違い
(A, B) AMPK-FRETバイオセンサーを発現するマウスに100 mg/kgのメトホルミンまたは250 mg/kgのAICARを投与し、 肝細胞 (A) および骨格筋細胞 (B) でのAMPK活性の変化を観察した。
(C) トレッドミル運動による骨格筋細胞でのAMPK活性の変化を観察した。

研究の意義

世界に先駆けて生体内のAMPK活性をモニターする技術を開発しました。 代謝疾患だけでなくガンや老化といった研究分野で、AMPK活性を検出するFRETマウスが画期的なツールとなる可能性があります。 例えば、疾患の原因となる組織・細胞の特定や、新規AMPK活性化剤の発見につながると期待されます。


今後の展開

私たちはこのFRETマウスをさらにアップグレードさせて、 マウスが自由に活動している最中のAMPK活性を捉えることができるような技術を開発したいと考えています。


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