Rac1活性の"揺らぎ"が引き起こすグリオーマ細胞の遺伝子発現の多様性
FRET-guided transcriptomics〜


腫瘍細胞はモノクローナルな遺伝的背景をもっています。しかし、腫瘍組織は性質の異なる多種類の腫瘍細胞の集団であり、この不均一性が癌を根治するための大きな障害となっています。例えば、腫瘍細胞ごとにその浸潤・転移能や薬剤耐性能などの生物学的性質には大きな差があることはよく知られています。このような腫瘍細胞集団の不均一性を生じさせる分子機構としては、遺伝子増幅や点変異などの遺伝的変化そしてエピゲノム変化が知られています。私たちは、これらの現象に加えて確率論的なシグナル伝達分子活性の"揺らぎ"も腫瘍細胞の不均一性をもたらす原因の一つではないかと仮定を立て検証を行いました。ここでは、グリオブラストーマ(神経膠芽腫)の浸潤様式の不均一性をテーマとしています。グリオブラストーマは悪性度の高い予後不良の疾患であり、その最大の要因は極めて高い浸潤能にあります。"揺らぎ"の研究対象には、細胞の遊走、浸潤を制御するRhoファミリー低分子量Gタンパク質の一つ、Rac1を用いました。Rac1の活性はFoerster resonance energy transfer (FRET)バイオセンサーを用いたライブイメージングによって測定しました。1細胞におけるRac1活性を5日間にわたって観察した結果、Rac1活性のゆっくりとした"揺らぎ"が観察されました。そこで、セルソーターでRac1活性の高い細胞群と低い細胞群を分取し、その違いを検討しました。その結果、Rac1活性の高い細胞群は低い細胞群よりもマトリゲル中を速く浸潤すること見出しました。さらに、Rac1活性に応じて分取した細胞を、次世代シーケンサーを用いて解析したところ、Rac1活性の高い細胞群と低い細胞群での遺伝子発現パターンの違いが明らかになりました。さらに、siRNAを用いたノックダウン実験により、Rac1活性の高い細胞群で発現が有意に上昇していた14個の膜たんぱく質関連の遺伝子のうち、4個の遺伝子がグリオーマ細胞の浸潤能とRac1活性に関与していることが分かりました。これらのシグナル伝達ネットワークは、グリオーマ細胞のRac1活性のゆらぎと浸潤能の多様性を引き起こすものの一因だと考えられます。
この研究はJournal of Cell Science誌に発表されました(こちら)



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