膀胱上皮の創傷治癒

〜膀胱上皮は滑るように動いて傷口を治す〜

図1

わたしたちの身体は上皮細胞によって覆われています。外界に面する皮膚は表皮とよばれる重層扁平上皮、腸管は単層の吸収上皮、 そして膀胱は移行上皮が外界と身体の中の境界となっています。私たちの研究室では、表皮が損傷を受けた後の治癒過程を研究しています。そして、 表皮細胞が傷口を埋めるために移動する過程ではERKマップキナーゼというリン酸化酵素の活性化が波上に伝搬していくことが必要であることを 発見しています。ところが皮膚と似た構造を有する膀胱上皮では、ERK活性は不要で、膀胱上皮は滑るように傷口を防ぐことを発見しました。 本成果は米国病理学会の機関紙American Journal of Pathologyに発表されました (こちら)

図1: 皮膚と膀胱における創傷治癒過程の違い
表皮は皮下の結合組織と固く結びついており、この結合を解除して傷口を防ぐにはERKマップキナーゼの活性が必要です。一方、膀胱上皮は上皮下結合組織と ゆるく結合しており、滑るように動くことができます。そのためERKマップキナーゼの活性を阻害しても傷口を防ぐことができます。

研究の背景

創傷治癒過程は容易に目にすることのできる過程で古くから研究されています。 そして現代でも、細胞がなぜ集団で強調して動けるのかというテーマで活発に研究されています。 しかし、そのモデルのほとんどは皮膚あるいは発生過程のものです。 それは、腸管や膀胱といった内部臓器の上皮を生きた動物において顕微鏡で観察することができなかったからです。 膀胱の傷口も皮膚と同じように治るのだろうかというシンプルな疑問に挑戦しました。

研究の内容と成果

上記の問題を解決するために、膀胱上皮を二光子顕微鏡で観察する手法を開発しました。

図2 膀胱組織の全層観察
ビデオは筋層から膀胱粘膜までを撮影したものです(3.5 M byte)。

次に、膀胱粘膜を数時間にわたり観察しました。その結果、驚くべきことに、膀胱上皮は血管の上を滑るように動いていることがわかりました。 しかも、レーザーで0.1 mm程の傷をつけてみると、そこは瞬く間に滑ってきた膀胱上皮によりふさがれることも明らかになりました。 皮膚の場合はERKリン酸化酵素の活性が必要でしたが、この膀胱上皮の創傷治癒にはその活性も必要ではありませんでした。

図3: 左図は核型ERKバイオセンサー発現マウスの膀胱上皮を二光子顕微鏡で、 4時間観察したものです。紡錘形の核は血管内皮、楕円形が膀胱上皮の核です。
右図は細胞質型ERKバイオセンサー発現マウスの膀胱上皮で、暖色がERK活性が高いところを示しています。黒く抜けているのは膀胱上皮の核、 影にみえているものは血管です。観察の途中で膀胱上皮にレーザーを当てて、ごく一部を損傷させています。さらにERKリン酸化酵素の阻害剤をいれています。 途中で青くなったのは阻害剤の効果です。

研究の意義

膀胱上皮が滑るように動くことができるというのはまさしく「百聞は一見に如かず」の発見でした。 たしかに膀胱は大きく伸びたり縮んだりを繰り返している臓器で、その内側を覆う膀胱上皮が皮膚とはまったくことなる運動様式を持つことは 考えてみれば当たりまえかもしれません。 形態学的に似ているからといって同じように動くわけではないという、これもあたりまえかもしれないことが、 二光子顕微鏡という最先端技術を使って初めて分かったという点がこの研究の大きな意義です。 さらに、膀胱上皮はさまざま薬剤によって損傷を受け剥離することがわかっていますが、その治療法を考えるうえでも重要な発見です。

今後の展開

膀胱以外の組織、たとえば腸管や肺の上皮がどのように治癒されていくのかを明らかにしていきたいと思います。 また、ステロイドホルモンは自己免疫病をはじめとする多くの疾患の治療に用いられていますが、皮膚の創傷治癒が遅れるという副作用があります。 皮膚以外の上皮に与える影響についても観察したいと考えています。


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