生きたマウスの白血球の中で分子活性を可視化することに世界で初めて成功
〜非ステロイド性抗炎症薬は白血球を活性化する〜


白血球の運動や炎症反応を制御する細胞外シグナル制御キナーゼとプロテインキナーゼAいうタンパク質の酵素活性を生きたマウスの白血球で観察することに世界で初めて成功しました。 さらにこのマウスを使って、インドメサシンなどの非ステロイド性抗炎症薬が白血球を活性化させ、炎症を憎悪させることを見出しました。
この研究は米国科学雑誌「Journal of Experimental Medicine(実験医学雑誌)」誌に発表されました (こちら)

研究の背景

炎症反応は生体修復過程の一つであり、私たちの体になくてはならないものです。 しかし、同時にその過剰な反応はしばしば私たちの健康を損ないます。 そのため、炎症を抑制する抗炎症薬が医療では重要な役割を占めています。 炎症反応は、好中球をはじめとする白血球が血管から遊出して壊れた組織や細菌を攻撃するところから始まります。 組織や細菌のどんな分子が白血球を呼び寄せるのか、白血球のなかでどんな分子が壊れた組織や細菌を攻撃するのに必要なのか、これまでにさまざまな研究が試験管内でなされてきました。 しかし、そのような生体分子の動態は生化学的に(=試験管の中で)解析できても、生体内で観察するすべはほとんどありませんでした。 そのため、たとえばアスピリンに代表される抗炎症薬が"いつ、どこで"白血球の働きを制御しているのか、など、薬の効果を考えるうえでもっとも基本的なことすらあまり理解が進んでいなかったのが事実です。 私たちの研究室では、生きた個体で分子の活性を顕微鏡下に観察するために、特別なマウスを作成しています。 本研究では、細胞外シグナル制御キナーゼ活性を観察するEISUKEマウスと、プロテインキナーゼA活性を観察するPKAchuマウスを使って、 白血球が血管から出て、壊れた組織や細菌を認識する過程でこの二つのキナーゼがどのような時間・空間制御を受けているかを麻酔下のマウスで観察しました。 そして、驚くべきことに、インドメサシンに代表される非ステロイド性抗炎症薬が白血球をむしろ活性させることを見出しました。 この結果は、非ステロイド性抗炎症薬腸炎として知られる疾患の原因の一端を解明したものと考えられます。

研究の内容と成果

私たちの研究室では、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づくバイオセンサーを開発し、 さらにそのバイオセンサーを発現しているマウスを作成して、生きたマウスで、さまざまな分子の活性を観察する方法を開発しています。
図1:実験手法。麻酔下のマウスの腸管を二光子顕微鏡にて観察する。左下図は、小腸の細胞外シグナル制御キナーゼの活性地図の3D画像。中央下図は、小腸粘膜の模式図。

本研究では、炎症を起こした小腸粘膜下の血管から、白血球(好中球)が出てくる過程において、細胞外シグナル制御キナーゼとプロテインキナーゼAがいつどこで活性化されるかを観察しました。 その結果、細胞外シグナル制御キナーゼは白血球(好中球)が血管に強く付着したあとに活性化され、その後、血管内皮細胞の間を通り抜けて、血管外へ出ていくことがわかりました。 そして、その後、活性は高いままでした(図2)。一方、プロテインキナーゼAは白血球(好中球)が血管から出てくる過程で徐々に高くなりますが、血管外では、活性が高くなるとむしろ白血球(好中球)の動きを止めることがわかりました。 さまざまな薬を使った実験から、細胞外シグナル制御キナーゼとプロテインキナーゼAは白血球(好中球)の反対に制御していることがわかりました。
図2: EISUKEマウスの小腸血管で、白血球(好中球)が血管外に出る様子の一部。 白血球(好中球)が血管内皮に強く結合すると細胞外シグナル制御キナーゼの活性が上昇することがわかる。

ところで、アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬はプロスタグランジンという分子の合成を阻害することで作用しています。 プロスタグランジンは細胞によってプロテインキナーゼAを上げることもあれば、下げることもあり、実際の生体内でどのような作用をするのかは不明の点が多く残されています。 今回、私たちは、非ステロイド性抗炎症薬を投与すると、白血球(好中球)内でのプロテインキナーゼAの活性が低下すること、そして、このことが白血球(好中球)の運動を促進することを見出しました。 そこで、今度は、非ステロイド性抗炎症薬を投与したマウスにプロスタグランジン様の作用を持つ薬剤(EP4アゴニスト)を投与すると、白血球(好中球)の運動が低下しました。 非ステロイド性抗炎症薬腸炎という疾患があり、鎮痛などの目的で非ステロイド性抗炎症薬を投与した患者の腸に炎症が起きる場合があります。 わたしたちの研究結果は、その原因の少なくともひとつは、白血球(好中球)内でのプロテインキナーゼAの活性低下とそれに伴う白血球(好中球)の運動促進が原因であることを示唆するものです。 また、プロスタグランジン様の作用を持つ薬剤(EP4アゴニスト)によって、非ステロイド性抗炎症薬腸炎の治療が可能となることを示すものです。

研究の意義

生体内で分子の可視化することは多くの研究者の夢です。私たちの作成したマウスはこの夢をかなえるツールといってもいいでしょう。 培養環境下とは異なり、生体の細胞は、さまざまな細胞と相互作用しながら、また、時間とともに環境も変えながら、さまざまな機能を発揮しています。 血管から血管外の組織や細菌を攻撃する白血球(好中球)はその代表的なものです。そして、この研究のもう一つの重要な側面は、薬の効果を生体内でリアルタイムに観察できるということです。 白血球(好中球)の動きと、その中の分子活性を同時に観察することで、その因果関係がはっきりと証明できます。

今後の展開

生体内で分子の可視化することは多くの研究者の夢です。私たちの作成したマウスはこの夢をかなえるツールといってもいいでしょう。 培養環境下とは異なり、生体の細胞は、さまざまな細胞と相互作用しながら、また、時間とともに環境も変えながら、さまざまな機能を発揮しています。 血管から血管外の組織や細菌を攻撃する白血球(好中球)はその代表的なものです。そして、この研究のもう一つの重要な側面は、薬の効果を生体内でリアルタイムに観察できるということです。 白血球(好中球)の動きと、その中の分子活性を同時に観察することで、その因果関係がはっきりと証明できます。

謝辞

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトの支援を受けました。
  • 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「細胞機能と分子活性の多次元蛍光生体イメージング」領域代表者:松田道行
  • 文部科学省「生命動態システム科学推進拠点事業」




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