二光子励起により高効率で活性化可能な光活性化アデニル酸シクラーゼの開発

〜生体内でcAMP経路の精密な時空間操作を実現〜

abstract


概要

本研究では、細菌由来の光活性化アデニル酸シクラーゼ(bPAC)という光遺伝学ツールを、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理を用いて改良し、二光子励起で効率よく活性化できるようにしました。また本ツールを用いて、生体内の三次元組織において、単一細胞レベルの高い空間解像度で、環状アデノシン一リン酸(cAMP)を活性化することに成功し、それにより生きたマウスの肝臓内でタンパク質キナーゼA (PKA)の活性が細胞間で伝搬することを明らかにしました。
本成果により、生体内でのcAMP/PKA情報伝達経路の理解が進み、様々な疾患の病態解明に繋がると期待されます。本研究成果は、米国の国際学術誌「ACS chemical biology」に発表されました。

研究の背景

環状アデノシン一リン酸(cAMP)は、生体内情報伝達における重要なセカンドメッセンジャーであり、タンパク質キナーゼA (PKA)などの下流シグナルを通じて、グルコース代謝、ホルモン分泌、記憶形成などの様々な生体機能を制御していることが知られています。これまで培養細胞を用いて多くの研究がなされてきましたが、生物におけるcAMP経路をより深く理解するには、生きた個体の中の、狙った細胞において精密にシグナルを操作し、同時に観察する技術が必要でした。

ベギアトア菌という硫黄細菌に由来する光活性化アデニル酸シクラーゼ(bPAC)は、cAMPの時空間的な操作を可能とする光遺伝学ツールとして利用されてきました。しかし、生体組織は光を通しにくいほか、通常の顕微鏡では観察した光経路にあるすべての分子が活性化されてしまうという問題点があり、三次元組織の中で狙った細胞のシグナルを高い時空間解像度で制御することは困難でした。

研究の内容と成果

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本研究では、bPACを生体内で効率よく使用するため、通常の顕微鏡よりも組織透過性がよく、かつ限局した空間のみを励起することが可能なニ光子励起顕微鏡で効率よく活性化可能なbPACの開発を試みました。しかし、bPACの光受容分子であるフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)は、二光子励起効率が非常に低いことがこれまでの研究からわかっていました。そこで私たちは、以前本研究室で開発したFRET-assisted photoactivation法をいう技術を応用し、ニ光子励起効率の高いTeal fluorescent protein(TFP)というシアン色蛍光タンパク質からのFRETにより、 bPACをニ光子励起で活性化することを試みました。二光子蛍光寿命イメージング顕微鏡法(FLIM)をいう技術を用いて、FRET効率を定量的に測定してスクリーニングを行うことで、43%の高いFRET効率をもつ融合タンパク質の作成に成功し、two-photon activatable bPAC (2paPAC)と名付けました(図1)。


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実際に二光子励起でcAMP/PKA経路を活性化できるかどうかを調べるため、橙・遠赤色蛍光タンパク質を用いたFRETバイオセンサー(Booster-PKA)を用いて細胞内PKA活性のイメージングをしながら、2pabPACの二光子励起制御を行い、2pabPACが二光子励起で効率よく活性化可能であることを示しました(図2)。


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また、限局した空間のみを励起することが可能なニ光子励起の性質を利用して、培養細胞由来の三次元管腔構造体(図3)や、生きたマウスの肝臓(図4)において、狙った単一の細胞のみで、cAMP/PKA経路を活性化することに成功しました。驚いたことに、生きたマウスの肝臓内の単一細胞でPKAを活性化させると、その活性が細胞間で伝搬していくことがわかりました。伝搬距離を測定してみると、活性伝搬はおよそ40μm程で、隣接する細胞までに限局していることがわかりました(図4)。


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研究の意義

本研究により、生きたマウスの中で、単一細胞レベルの非常に高い空間解像度でcAMP経路を操作することが可能になりました。また、本研究により、肝細胞においてこれまで知られていなかったPKAの伝搬現象が明らかになりました。この現象はまだまだわからないことも多いですが、こうしたシグナルの細胞間伝搬が、細胞同士がお互いの情報を共有するためのメカニズムとして機能していると考えられます。

今後の展開

今後は、肝細胞におけるPKA活性伝搬の意義を調べていくとともに、その他の組織においても同様な現象がないか調べていきたいと考えています。これらにより、生体内での細胞間情報伝達の研究が進み、生体組織における生理学的な機能や、 病気のメカニズムの解明につながるものと期待しています。

用語の解説

  • 蛍光共鳴エネルギー移動: 近接した2個の蛍光分子の間で、エネルギーが移動する現象。
  • ニ光子励起: 2個の光子が同時に吸収されたときに分子が励起される現象。 2個の光子が同時に吸収される確率は非常に低いため、レンズ焦点面のみで分子を励起できる。 通常の1光子励起であれば、光路上のすべての分子が同様に励起されるが、二光子励起法では、空間上の1点のみを励起できる。
  • 光遺伝学: 植物や細菌由来の光活性化タンパク質を利用して、神経細胞を始めとする様々な細胞の活性を制御し、生体機能を操作する技術。

研究プロジェクトについて

日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)、の支援を受け、実施しました。


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