うずまき管の伸長を司る分子活性と細胞群の波を発見

〜綱引きによる細胞群の流れと臓器の成長〜



概要

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私たちは、マウスの蝸牛管を生体外で培養し、管組織の奥深くに位置する細胞や分子の働きを顕微鏡観察する新たな手法を開発しました。観察の結果、細胞の情報伝達に重要なERKと呼ばれるタンパク質がうずまき管頂端部から基部へ波のように伝播すること、また同時に、管の基部から頂端部にかけて細胞が集団移動することを明らかにしました。さらに、数理モデル解析と実験により、ERK活性と細胞集団運動の波が隣の細胞同士の引っ張り合いを介して作られることを提唱しました。本研究成果は、多細胞の物理学的視点から臓器の形作りの謎を解き明かすための基盤になると期待されます。本研究成果は科学雑誌「eLife」にオンライン掲載されました。


研究の背景

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聴覚器官である耳は、外耳・中耳・内耳の3つの部分からなり、そのうち内耳には蝸牛管と呼ばれるうずまき状の器官(図1)が存在します。これまでの研究では、うずまき構造が聴覚機能に重要であることが示唆され、その形作りに必要な遺伝子がいくつか特定されてきました。しかし、多細胞がどのようにしてうずまき状の形をつくりあげるのか?といった問いには未解明な点が数多く残されていました。そこで私たちは、内耳発生の専門家である楯谷智子教授(京都先端科学大学 健康医療学部 言語聴覚学科)とともに、発生過程の蝸牛管における細胞や分子の動態の可視化を試みました。


研究の内容と成果

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過去の研究では、不透明な軟骨の殻を全て取り除き、さらにうずまき管の一部を切り出し顕微鏡観察に適した条件下で生体外培養する手法がとられていました。しかし、軟骨の殻を全て取り除いてしまうと、蝸牛管が十分に成長しないという問題がありました。そこで私たちは、うずまき管頂端部周囲の殻のみを剥がし、ほとんど殻を傷つけることなく成長するうずまき管の細胞を顕微鏡観察する手法を確立しました(図2)。また、過去の研究報告を参考に、細胞の情報伝達に重要なERKと呼ばれるタンパク質に注目し、細胞内のERK活性を可視化しました。その結果、ERKの活性がうずまき管頂端部から基部へ波のように伝播すること、また同時に、管の基部から頂端部にかけて細胞が集団移動することを明らかにしました(図3)。さらに、数理モデル解析と実験により、ERK活性と細胞集団運動の波が隣の細胞同士の引っ張り合いを介して作られることを示しました。


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研究の意義

本研究により、うずまき管の形作りにおける細胞集団の協調的な運動やそれを創り出す細胞の力学−生化学連成機構が明らかとなりました。この機構は、マウスのうずまき管だけでなく、他の臓器組織の形作りの基礎原理となる可能性があり、多細胞の物理学的視点から臓器の形作りの謎を解き明かすための基盤になると期待されます。


今後の展開

形作りの機構を明らかにすることは、多能性幹細胞を用いて誘導されるうずまき管の原基(オルガノイド)の成型や設計の基盤となることから、生命科学のみならず再生医療分野への波及が期待されます。

研究プロジェクトについて

日本学術振興会 科学研究費(17KT0107および19H00993)および科学技術振興機構(PRESTO JPMJPR1949およびCREST JPMJCR1654)の支援を受けて実施されました。京都先端科学大学(京都市)との共同研究です。


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