NK細胞による転移がん細胞殺傷の可視化

〜NK細胞とがん細胞の肺毛細血管上での戦いを実況中継する〜



概要

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がんで亡くなる患者の9割は原発巣ではなく転移したがんが原因です。そしてがんの転移が最も多く起きる臓器が肺です。ですから、がんの肺転移を抑制することができればがん患者の予後は大幅に改善すると期待できます。がん患者の血中にはかなり早期の段階から多数のがん細胞が循環していることが近年明らかにされてきました。それが転移巣をなかなか形成しないのは、肺においてナチュラルキラー(NK)細胞ががん細胞を効率よく殺傷しているからです。しかし、NK細胞が肺でどのようにがん細胞を排除しているのか、顕微鏡レベルで観察した圏友はありませんでした。私たちは高感度発光イメージングと多光子顕微鏡とを駆使して、NK細胞とがん細胞が肺の血管内皮の上で決闘をしている様子を明らかにしました。肺に到着したがん細胞はおおよそ2時間に1回、NK細胞と決闘をし、勝率はほぼ5分ですが、24時間すれば、99%は排除することができます。しかし、この生き延びた1%のがん細胞はこの24時間の間にNK細胞から隠れるすべを獲得してしまうことも同時にわかりました。本研究成果は、2022年2月3日に国際学術誌「eLife」のオンライン版(DOI: 10.7554/eLife.76269)に掲載されました。


研究の背景

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がんで亡くなる患者の9割は原発巣ではなく転移したがんが原因です。このがん細胞の肺転移を防ぐ重要な免疫系細胞としてナチュラルキラー(NK)細胞が重要な働きをしていることがわかっています。たとえば、右図にはNK細胞のある健康なマウスとNK細胞を薬剤で除去したマウスに黒子の癌である悪性黒色腫を接種したあと2週間後の肺を示しています。NK細胞がないマウスでは肺のほとんどすべての部位に悪性黒色腫が増えていることがわかります。では、NK細胞はどうやってがん細胞が肺に定着するのを防いでいるのでしょうか。この研究はこの単純な好奇心から始まっています。この研究で目的としたことは、まず、NK細胞は肺のどこにいるのか、目に見える腫瘍ができるまでのどのタイミングでがん細胞を攻撃しているのか、このNK細胞の監視のメカニズムを逃れて転移巣を形成するがん細胞がいるのはなぜか、を明らかにすることです。


研究の内容と成果

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まず、肺の中でNK細胞はどうやって働いているんでしょう。肺を多光子顕微鏡で観察すると右図のように見えます。肺胞という空気がはいるところを、多数の毛細血管が取り囲んでいます。その血管の上を好中球やNK細胞(マジェンタ)がパトロールしています。血管のうえを少し這ったり、ジャンプして動いたり、を繰り返しながらパトロールしています。さて、そこでがん細胞を見つけるとどうなるか、それが次のビデオで示してあります。左のビデオではNK細胞は白い色で示しています。がん細胞にはカルシウム濃度を検出する分子スパイを入れておきます。細胞に傷がつくとカルシウム濃度が高くなるのがわかります。NK細胞が動いてがん細胞を見つけると、がん細胞は痛いっ!という悲鳴(カルシウム上昇)を上げます。そのあと、NK細胞ががん細胞を殺すスイッチであるカスパーゼという分子が活性化されます(右のビデオ)。このカスパーゼの活性化は細胞の葬送曲みたいなもので、このあと、細胞内の分子は消化されて死んでいきます。

ここで示した現象はがん細胞が肺に到着してから4時間以内に観察できます。ところが、24時間後に観察を行うと、もはやNK細胞はがん細胞を殺せないということがわかりました。その詳細なメカニズムを検討したところ、がん細胞の表面にあるNecl5/PVR/CD155というNK細胞ががん細胞の目印として使っている分子が、肺に到達して24時間の間に減少しているということがわかりました。


研究の意義

NK細胞ががん細胞の転移を防ぐことは知られていましたが、その実態は不明のでした。実際にがん細胞を排除する過程を観察することで、NK細胞は肺に到達したばかりのがん細胞を効率よく殺すことができる一方、生き延びたがん細胞は24時間もしないうちにこのNK細胞から逃避するメカニズムを獲得してしまうということがわかりました。顕微鏡で実際に現場を押さえない限りわからなかった発見です。

今後の展開

がん細胞の肺転移を防ぐことで患者の予後は大幅に改善できます。がん細胞がNK細胞の監視の目を逃れるメカニズムが明らかになったことから、このがん細胞の覆面を剥がすという新しい治療法が提案できるのではないかと考えています。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業(Moonshot R&D)の支援を受け、実施しました。


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