細胞増殖シグナルは、花火のように伝搬する

〜生体表皮における新規ERK活性化現象(SPREAD)を発見〜

細胞の増殖や分化に関わるERKというタンパク質の酵素活性が表皮細胞間で同心円状に広がる現象(SPREAD)を発見、さらにその現象が細胞周期のG2期からM期と呼ばれる後半部分の進行に関与することを明らかにしました。本研究成果は、科学雑誌「eLife(イーライフ)」に掲載されました。 (こちら)

研究の背景

これまでの培養細胞を用いた研究から、細胞が増えるためには細胞増殖因子が必要であることがわかっています。しかし、実際の生きた組織で、どの細胞が増殖因子を出しているか、そして細胞がいつ増殖因子に反応しているのかは、ほとんどわかっていませんでした。私たちは細胞増殖刺激に反応するextracellular signal-regulated kinase (ERK)というリン酸化酵素の活性をライブで観察できるマウスを開発しました。そして、このマウスの皮膚を二光子顕微鏡という特殊な顕微鏡で観察することで、細胞増殖因子がどのように分泌され、そして細胞をどのように刺激するのかを生きたマウス観察することに成功しました。

研究の内容と成果

私たちの研究室では、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づくバイオセンサーを数多く開発してきました。さらに近年、それを発現するトランスジェニックマウスを作成、顕微鏡下にて観察する事により、様々な組織での分子活性レベルを調べてきました。 本研究では、ERKの活性を知るFRETバイオセンサーEKAR-EVを発現するマウスを用い、正常皮膚のERK活性の時系列変化を調べました。その結果、表皮内においてERKの活性化が数個の細胞で生じ、さらにそれが同心円状に広がる現象を発見しました (図1)。私たちはこの現象をスプレッド(SPREAD, Spatial Propagation of Radial ERK Activity Distribution)と命名し、さらに解析を進めました。SPREADでは、ERKの活性がおよそ30分かけて半径およそ100 mの距離を、まるで花火の様に隣接する表皮の細胞に伝わりました。この現象は、これまで報告されたことのない新規のものであり、私たちはその生体内での役割を調べました。


図1:花火のように細胞増殖刺激は伝搬される。同心円状のERK活性化伝搬現象(SPREAD)の発見

興味深いことに、長時間におよぶ観察の結果、SPREADはいつも一定の頻度で起きている訳ではなく、頻繁に起きる時もあれば、ほとんど起きていない時もあることがわかりました。また、SPREADが頻繁に見られた時間、場所においては細胞分裂も多く見られました (図2)。これは、SPREADが皮膚の細胞周期の進行に関与している可能性を示唆していました。 さらに、阻害薬を使った実験の結果、SPREADにみられるERK活性の伝搬には増殖因子であるEGFファミリーの産生と、その受容体の活性化が必要である事が明らかになりました。そこで、私たちは、細胞周期の休止期 (G0/G1期)と増殖期 (S/G2/M期)を区別することのできるFucci (フーチ)マウスを用い、SPREADの細胞周期への役割を調べました。細胞の増殖刺激剤であるTPAにより細胞周期を進行させた状態でSPREADを阻害剤によって抑制しました。すると、休止期から増殖期への移行(G1期からS期への移行)には変化が見られなかったものの、増殖期の後期(G2期からM期への移行)がおよそ10時間遅くなる事が明らかになりました。


図2:SPREADの細胞増殖への役割

研究の意義

今後の展開

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