貪食作用のキー分子の働きを可視化する。


 生体内で不要となった細胞は、「アポトーシス」と呼ばれるメカニズムにより細胞死を起こします。アポトーシスによって死んだ細胞はマクロファージなどの貪食細胞に取り込まれ(ファゴサイトーシス)、その中でファゴソームと呼ばれる細胞内小胞に封じ込められます。このファゴソームは、その後加水分解酵素を持つリソソームと融合し、取り込んだ死細胞を速やかに消化します。この一連の貪食作用(図1)がうまく働かなくなると、死んだ細胞から中身が無秩序に漏れ出して、炎症や自己免疫疾患が引き起こされます。これまでに医学研究科 分子生物学教室(長田重一 教授)にて、MFG-E8やTim4という蛋白質が、貪食細胞による生細胞とアポトーシス細胞の識別に必要であることが明らかにされてきました。しかし、貪食細胞がアポトーシス細胞を取り込んだ後の、細胞内輸送に関わる分子メカニズムについてはほとんどわかっていません。


 Rab5という蛋白質は活性化状態(オン)と不活性化状態(オフ)の2つの状態をもつ「スイッチ分子」の一種で、細胞内小胞輸送の制御を行うことが知られています。今回、生命科学研究科 生体制御学分野(松田道行 教授)では、医学研究科 分子生物学教室と共同で、Rab5の活性をモニターするプローブを開発しました(図2)。このプローブはFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)の原理を利用しており、Rab5の活性変化に応じて発する蛍光の色がシアン色から黄色へと変わる仕組みになっています。このプローブを貪食細胞に導入し、死細胞が貪食される過程でのRab5の活性変化をモニターしました。


 すると図3に示されるように、ファゴソームにおけるRab5の一過的な活性化が観察されました。
 詳細な解析の結果、Rab5の活性化はファゴソームの周りを包んでいるアクチンという繊維状の蛋白質が消失するのと同時に起こり、その後約10分間持続し、貪食された細胞が崩壊する前に低下することがわかりました。




 また、機能不全型のRab5変異体を細胞に発現させると、貪食された死細胞の崩壊が顕著に遅れました。このことから、取り込んだ死細胞の分解機構「ファゴソーム成熟」にRab5の機能が必須であることがわかりました。
 さらに薬剤処理により、アクチンとは別の細胞骨格である微小管を破壊すると、ファゴソーム上でのRab5の活性化は観察されなくなりました。そこでRNA干渉法を使って研究を進めたところ、微小管の先端に結合するGapex-5という蛋白質が、ファゴソーム上のRab5を活性化し、ファゴソーム成熟を促進する因子として同定されました。これにより図4のようなRab5活性制御のシナリオが明らかとなりました。

 この研究は、体を守る重要な生理機能である貪食作用のメカニズムの一端を明らかにするものです。また今回作製されたRab5の活性をモニターするプローブは、今後薬剤の高効率スクリーニング系の開発につながると期待されます。






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