図4.1.1b

4.1.1b

Förster Resonance Energy Transfer, FRET

一般的に、光あるいは化学反応により励起状態になった発色団は、蛍光を発するか、あるいは振動緩和や項間交差を経て基底状態に戻る(図4.1.1b左)。アクセプター発色団がある場合は、さらにFRETによるエネルギー放出で基底状態に戻る過程が加わる(図4.1.1b右)(文献14-15)。


この過程を化学量論的に記載したのが図4.1.1c(1)式である。蛍光量子収量、すなわち励起状態の発色団のエネルギーのうち蛍光に転換される割合は(2)式で表され、蛍光時定数(蛍光寿命ともいう)は(3)式で表される。プローブの性能等を記載する際によく使われるFRET効率は、励起状態のドナー発色団のエネルギーのうちアクセプター発色団に移動する割合のことで(4)式で表せる。本式からわかるように、FRET効率はドナー発色団とアクセプター発色団との間の距離(r)の6乗の関数である。また、FRETの起こりやすさを示すフェルスター距離(R0)は(5)式で表されるように、ドナーとアクセプター発色団の配向(κ2)および屈折率(n)さらにはドナーとアクセプターの波長特性(J)に依存する。生物学の実験においてFRETをプローブとして使用する場合、考慮に入れる必要があるのはフェルスター距離、配向因子、ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸光スペクトルの重なりの3つである。

図4.1.1c

S:  励起状態のドナー発色団
kf:  蛍光の速度定数:
kFRFT:  FRETの速度定数
knr:  振動緩和や項間交差などの速度定数の和
φ:  ドナーの蛍光量子収量
τ:  蛍光寿命
E:  FRET効率
r:  ドナーとアクセプターの発色団の間の距離
R0:  フェルスター距離
κ2: 配向因子
n:  屈折率
Qd:  ドナーの量子収量
J:  ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの吸光スペクトルの重なり

R0:  フェルスター距離

(4)式から自明なように、ドナー発色団とアクセプター発色団の距離がフェルスター距離のときにFRET効率は50%になる。生物学実験で用いる多くの発色団の場合では3-10nm程度、蛍光タンパク質をドナーとアクセプターに用いる場合は5 nm前後である。

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κ2: 配向因子

フェルスター距離(R0)は配向因子(κ2)にも依存している。配向因子はドナー発色団とアクセプター発色団の遷移モーメントのトポロジーを表す定数で、同軸上で平行であれば4、直交すれば0の値をとり、自由に動く場合は平均値2/3をとることが知られており、上記のフェルスター距離(R0)は、κ2=2/3として計算していることが多い。図には配向因子(κ2)の計算式を示してある。θTはドナー発色団とアクセプター発色団の遷移モーメント間の角度、θAおよびθDはドナー発色団とアクセプター発色団の遷移モーメントが、両発色団を結ぶ線と間になす角度である。配向因子( 2)はドナー発色団とアクセプター発色団が直交すれば最小値0を、平行で同軸上にあれば最大値4をとる。


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J:  ドナー蛍光とアクセプター吸光のスペクトルの重なり

図3Bにはシアン蛍光タンパク質(CFP)と黄色蛍光タンパク質(YFP)のJの計算方法を示している。ドナーの蛍光プロフィールがアクセプターの吸収スペクトルと重なる部分が大きければよりJが大きくなり、従ってフェルスター距離が小さくなって、FRETがおきやすくなる。現在、もっとも広く使われているドナーとアクセプターのペアは、いずれもGFP由来のシアン色および黄色の変異体である。スペクトルの重なり(J)は、企画化したドナーの蛍光スペクトルとアクセプターのモル吸光係数との重なりの積分値で与えられる。